この映画は、ホームドラマの
オアシスになってるんだよね。
たまにこの映画を観ると
ほっとするんだよ。


あれから5年――。
三丁目の住民たちが、
「ALWAYS 三丁目の夕日'64」で
もう一度スクリーンに帰ってくる!
しかも、3D映画となって!
物語の舞台は、前作のラストから約5年後の昭和39年、
東京オリンピック開催の年。
3D版「ALWAYS 三丁目の夕日」で、
オリンピックに沸き立つ町の熱気を体感し、
そしてもう一度、三丁目の住民たちと一緒に、
泣いて、笑ってみませんか。


対談●古市コータロー(TheCollectors)/森内 淳(STUDIO M.O.G.)



古市コータロー:相変わらずナイスキャストだった。

森内 淳:キャストよかったね。

古市:キャストいいんだよ、これ。

森内:物語も泣かせるよね。

古市:今さ、こういうホームドラマってテレビであんまりないからね。

森内:そういわれてみればそうだね。

古市:この映画がさ、オアシスになってるんだよね。たまに何年か一回にこれ観るとほっとするんだよね。

森内:だけどNHKの朝の連ドラなんていうのはホームドラマの流れを汲んでいるんじゃないの?

古市:NHKは『おひさま』とかさ、今の『カーネーション』とかはあるけどさ、ホームドラマではあるけど、また違うんだよ、テイストが。

森内:どう違うの?

古市:何ていうんだろうな、NHKはひとつの大きなドラマがあるじゃん。『ALWAYS 三丁目の夕日』は小津安二郎的というかさ。

森内:ああ、そうか。NHKのドラマにはゴールがあるからね。誰かが何かになるまでのドラマだからね。例えば、飛行機に乗りになるとか、漫画家になるとか、ファッション・デザイナーになるとか。

古市:そうそう。この映画はさ、せいぜい誰かが誰かと結婚するとか、そういうもんじゃん。

森内:例えば昭和のホームドラマっていうのは日常の喜びを描いていたからね。『肝っ玉母さん』とかね。蕎麦屋をでっかくしてチェーン店にする話じゃないよね。

古市:そうそうそう。

森内:なるほどね。たしかにホームドラマ然としたホームドラマって、今はないよね。

古市:今、まさに隙間産業的なテイストなんだよね。

森内:『ALWAYS 三丁目の夕日』はもう昭和からつづく正統派のホームドラマなんだね。だから面白いんだね。こういうドラマ、またつくればいいのにね。

古市:好きなんだよね、この映画。DVDも持ってるくらいだからね。

森内:DVDも持ってるの?

古市:1も2も持ってるよ。たまに観てるよ。

森内:だけど、こういう家族の光景も、街の風景もなくなったよね。

古市:ないよ。今回の作品は、オレが生まれた年なんだよね、1964年って。

森内:しかし64年の東京の光景は凄いよね。

古市:三丁目はまだちょっと戦後っぽいんだけど、東京オリンピックがきかっけで東京はきれいになったんだよね。

森内;コータロー君にとっての東京の原風景ってどういうの?

古市:オレが物心ついたときには、この映画でいう銀座の光景っていうかさ。

森内:フルーツ・パーラーでフルーツを食べてる感じ?

古市:物心ついた頃の東京っていうのはああいう感じだね。

森内:あれが最先端じゃなくて、普通の光景になってたんだね。

古市:そう。当たり前になってた。それが8歳くらいのときだね。

森内:1972年で? それも凄い話だね。九州だと、ようやく三丁目って感じだったかもしれないね。

古市:でもちょっと路地に入るとさ、三丁目みたいところもいっぱいあるんだよ。だからあの町が身体に焼き付いているようなところもあるよ。あの町のシーンが出てくるだけで泣けてくるね。人が歩いているだけでも泣ける。

森内:むふふふふふ。

古市:そこはもうさ、世代によると思うよ。オレとかオレより上の世代はそれだけで泣けると思う。

森内:いやいや、それは世代じゃなくて、東京で生まれたかどうかってでかいんじゃないの?

古市:そっか。オレは三丁目のシーンで音楽が流れるだけでも駄目だもん。有無を言わせず泣けてきちゃう。三丁目に自分がいるんだよ。映画に参加してるわけよ。

森内:コータロー君は5月生まれで、今回の作品は10月のオリンピックの話だから、あの東京の空の下のどこかに生後5ヶ月のコータロー君がいるっていう臨場感はあるよね。

古市:茶川さんの子供と同級生だからね。

森内:ああ、そうだね。

古市:あの子は64年生まれでしょ?

森内:そういう思い入れもあるね。

古市:あるよ。

森内:オレなんか、三丁目の看板で電話番号の3桁の局番を見つけたときに、ひっくり返りそうになったよね。「何だ、これは?」ってさ、何かの間違いかと思ったもん。

古市:あ、そう。

森内:だって、コータロー君は、生まれたときから局番は3桁なわけだよね。

古市:3桁だよ、もちろん。

森内:オレのおばあちゃん家なんか、電話の横のハンドルをくるくるまわして交換手を呼び出してた。あれ、アポロが月着陸するくらいまで交換手を呼び出してたような気がするな。

古市:あの頃ってね、東京と地方の差が激しかったからね。

森内:オリンピックに向けて東京がもの凄く開発されて、しかも東京タワーや新幹線もできてって感じだからね。今はインターネットのおかげで東京と地方の格差って昔ほどじゃないけどね、Amazonで買い物すれば、何だって手にはいるからね。

古市:Amazonなんか当時はないわけだからね。

森内:飛行機だってろくに地方には飛んでない。

古市:オリンピックっていうこともあって、すべての力をさ、東京の街づくりに注いだわけでしょ。

森内:そういうエネルギーがこの映画にも満ちていて、凄い環境のなかで古市コータローは生きてきたんだなあって思ったよ(笑)。

古市:それはオレもこの歳になるとわかる。

森内:逆に、64年って価値観の分岐だったんだなあって思うよね。あそこからマテリアルというかモノとかお金が幸せの象徴になっていったような部分はあるよね。鈴木オートにはカラーテレビが来るわけだし。

古市:そうだね。「横文字の職業がこれからはいい」とかね。

森内:そうそう。

古市:だけどそのなかでも昔のいい感じも残っていたからね。

森内:そうなんだよ。そこがこの作品の一番好きなところだよね。新幹線、東京タワー、カラーテレビ、お金儲け、出世みたいなところにどんどん価値観が移行していくなかでも、しっかり家族の絆とか共同体の絆があるというさ。

古市:今はもう個人主義でさ、ありえないよね。

森内:ありえないよね。この21世紀に求められているものが、この映画のなかで、しっかり生きているんだよね。

古市:今、銭湯行っても、なかなか三丁目的な光景はないからね。

森内:あ、そうなんだ?

古市:みんながああいう絆でつながっているみたいなのはないね。銭湯と蕎麦屋には残ってたけどね、そういう絆が。

森内:六ちゃんは集団就職で鈴木オートに就職して、鈴木さんが親代わりになるわけでしょ。他人なんだけど、家族と同等の絆で結ばれているんだよね。あの感じが何かいいよね。現代の会社なんかさ、足の引っ張り合いだからね。上司と部下でもね。

古市:『寺内貫太郎一家』まではああいう絆があったんだよね。

森内:あった、あった。

古市:寺内貫太郎を演じた小林亜星がさ、(お手伝いさん役の)浅田美代子にさ、「美代ちゃんがお嫁に行くときは家財道具を揃えてやるからな」っていうシーンがあるんだよね。

森内:だから六ちゃんとこもそうだし、茶川さんとこもそうなんだよね。他人なのに家族以上の家族なんだよね。ああいう関係が今のオレたちに構築できるかということだよね。とくに震災の後だから、余計にそういうものを突きつけられているような気がする。でも、たしかに64年の世界にはあったんだよね、そういう絆が。

古市:だからオレにとっては癒しなんだよね。

森内:みんなにとって癒しだよ、これは。

古市:だけどわかんない。20代の子がこの映画を観てどう思うのか、全然、わかんないね。30の人にしても。オレは自分の年代しかわかんない。

森内:コータロー君の年代の人だって金とかモノとか経済的自由に絡め取られている人っていっぱいいるよ。もしかしたらそういう価値観しか目に見えてない人が一番多い世代かもしれない。まぁ、それを全否定するつもりはないけど、カラーテレビを崇めるのと同時に、鈴木オートや茶川さんみたいな心のあり方が存在しえたということがとても大事なことのように思うんだよね。むしろ若い世代の方がそういうことに気づいている可能性だってあるよね。我々とかコータロー君の世代を反面教師にしてね。

古市:そっか、なるほどね。

森内:茶川の嫁さんは「これで十分幸せだ」っていいきっちゃうんだよね。この台詞こそ今の時代に響いてほしいね。

古市:あのシーンなんかミュージシャンはぐっとくると思うよ。

森内:だろうね(笑)。

古市:茶川さんのお父さんの話とかも良かったよね。

森内:良かったよ。これまでの経緯を考えるとね、なるほどねっていう。まぁ不器用なんだけどね。ああいう優しさもないよね。

古市:だから最後の万年筆とかのシーンもね、今までの作品を何度も観てないと駄目なわけですよ。ぐっと来る度合いが違うんですよ。

森内:今回は3Dで観たんだけど、3Dっていうのはどうだった?

古市:これで締めてよ。

森内:何、何?

古市:3Dね、邪魔だね。

森内:なんで?

古市:3Dメガネがあると涙が拭きにくいからね。