対談●スカンク&ヒューゴ 司会●コワダ TEXT&ILLUSTRATION●STUDIO M.O.G.
コワダ:今回は『J・エドガー』を観に行きました。
スカンク:およそ50年間、FBI長官を務めたJ・エドガー・フーバーの物語。
ヒューゴ:監督はクリント・イーストウッド。
スカンク:イーストウッド監督はアメリカの闇に切り込むよね。
ヒューゴ:『チェンジリング』、『ミスティック・リバー』、『父親たちの星条旗』。アメリカが好きなんだね、きっとね。
スカンク:そうだね。闇を描くというのはそういうことだよね。貶めるんじゃなくて闇と向き合って解決策を考えようということだから。
ヒューゴ:その辺り、マイケル・ムーアに似ているね。
スカンク:彼もアメリカの闇を暴くのは、アメリカの利益になると考えているからなんだよね。なぜ大企業は儲けているのに、さらに利益を上げようと、国外に工場を移して、アメリカ人の労働者を切るのか、とかね。
ヒューゴ:何のためにアメリカ兵が次々に殺されるのか? とかね。
スカンク:その大義名分は正しいのかってことなんだよね。それはイーストウッド監督も同じような気がする。お前らが掲げているその旗には何の意味があるのか?っていう問いかけはあるね。あとアメリカ人が誇示してきた強さって何なんだ? みたいなね。そこを一生懸命に検証しているような気がする。
ヒューゴ:『ミスティック・リバー』で示された正義もそうだよね。思いこみの裁きというか。自己中心的な裁きというか。間違ったことでも頑なに正しいと信じてしまい、強行してしまう愚かさというか。
スカンク:市民レベルの話であるんだけど、あの自分の考えだけで行動する浅はかさというか無理矢理な感じはアメリカという国家にも通じているのかもしれないね。
コワダ:中には救いを描いている作品もありますよね。
ヒューゴ:『チェンジリング』のお母さんだったり、『グラン・トリノ』の主人公だったりね。
スカンク:『グラン・トリノ』の主人公の心の変化にはたしかに救いがあるよね。さらに踏み込んで、冷たい血縁よりも温かい隣人の方が血縁と同じような意味を持つときだってあるんじゃないか、とかね。
ヒューゴ:しかも人種の壁を超えていたからね。
コワダ:今回の作品に救いはありましたっけ?
スカンク:うーん、ないね。
ヒューゴ:むふふふふふ。
スカンク:ないよ。そういう映画じゃないもん。
ヒューゴ:むしろ、どうしてFBIとか国家はあんなに閉鎖的なのかということの解析のような側面があったね。
コワダ:主演はレオナルド・ディカプリオなんですよね。
スカンク:若い頃のJ・エドガー・フーバーから亡くなるまでを演じてるんだけど、よかったよね。
ヒューゴ:よかった。
スカンク:あのね、ディカプリオって、どの映画を観てもディカプリオが演じている誰かになっちゃうんだよね。
ヒューゴ:役柄じゃなくてディカプリオにしか見えない?
スカンク:オレはね。ディカプリオが役を食ってしまうというかね。それってわりと役者としては致命的だと思うんだよね。ところが今回の役は、どこからどう観てもJ・エドガー・フーバーにしか思えなかった。
コワダ:メイクのせいもあるんじゃないですか。
スカンク:かもしれないね。だけどね、今回はもう完全にフーバー長官と同化してたよ。どこから見てもエドガーとしか思えなかった。性格から風貌からエドガーだったよ。
ヒューゴ:身も心もエドガー(笑)。
スカンク:ディカプリオのファンは必見っていうか、まぁそんなこといわれなくてもファンだったら観に行くんだろうけど。かなりシリアスな作品だけど、楽しめると思う。
コワダ:ディカプリオはアメリカの闇と同化してましたよね。
スカンク:そうそう。そんな感じ。たまにはいいこというね。そこまでいってたと思う。
ヒューゴ:役がディカプリオをのみ込んでたといってもいいかもしれないね。あえてのみ込まれたというか。
スカンク:もしかしたら、エドガーの心の闇がディカプリオをのみ込んだのかもしれないよ。
コワダ:しかしフーバー長官ってデタラメなことをやってるんですよね。違法な盗聴して、相手の弱みを握って自分の地位を確保したりとか。結構、その辺も踏み込んで描いてましたよね。
ヒューゴ:大統領に対してやってるから凄いよね。
スカンク:オレが一番驚いたのは、エドガーの行動の動機が確証のない恐怖心から来ているということろだよね。あと猜疑心とか、歪な正義感とか。
ヒューゴ:あとは強迫観念ね。
スカンク:そうそう。エドガーには、アメリカの秩序が誰かの手によってひっくり返されたら大変だという思いが常にあるんだよね。
コワダ:そういう思いは国家を預かる人には必ずあるんじゃないですか?
スカンク:国家が誰かに襲撃されないようにするために強権を手に入れないと駄目だという理論は一見正当に見えるけど、何か違うんだよ。
コワダ:なぜでしょうね? 筋は通っているんですけどね。
スカンク:そもそもアメリカの秩序って何だよ?ってことだよね。エドガーがいうアメリカの秩序は、エドガーの価値観のもとでエドガーが考えた秩序であって、それがアメリカ全体の秩序っていえるの?っていう疑問はあったね。
ヒューゴ:たしかにね。キング牧師を敵と見なす秩序は、決してアメリカの秩序じゃないよね。
コワダ:ああ、なるほどね。そうですよね。
スカンク:どっちかっていうと異端だよね。しかも国家なんて時代ごとに変容していくものであってさ、そこに寛容にならないと、主権在民ってことにもならないよな。
ヒューゴ:国民の考えや、いろんな流行で変わっていくからね。
スカンク:国民の価値観の変化を反映させたものが国家であるべきであって、エドガーの価値観を押しつけるののが国家じゃないからね。
ヒューゴ:うんうん。
スカンク:オレがこの映画を観て感じたのは、エドガーが抱いているマザー・コンプレックスね。これが相当、影響しているんじゃないかと思ったね。
ヒューゴ:ああ、それはあるね。母性のダークサイドだよね。
スカンク:そうそう。母性の悪い側面だよね。そういうものにエドガーは絡め取られている印象があった。エドガーは母親にとっていい子でありたいという思いが強かったと思う。その思いを国家に投影させちゃったような気がするんだよね。
ヒューゴ:母性のダークサイドって、子供を完全に支配下に置きたがるってことだよね。
スカンク:子離れをしないからね。
ヒューゴ:就職先から結婚まで全部を決めてって話はよくドラマとかにもなってるよね。
スカンク:母親のプレッシャーで歪んだエドガーが、今度は国民を自分の色に染めようとしてるように思えた。それが暴走して大統領をもコントロールしようとした。これは異常だよ。だから国家はエドガーにとって子供なんだよね。エドガーが母親から受けた歪んだ愛情を国家の中枢で、全国民に向けて施そうとしたんだと思う。
ヒューゴ:テロやマフィアが暗躍して、可愛い子供を攻撃しようとしているわけだから、エドガーにとっては居ても立ってもいられない。
スカンク:エドガーの心に火をつける事件が起こるんだけどね。
コワダ:だけどキング牧師まで貶めようとするのは異常ですよね。
ヒューゴ:ネイティブ・アメリカンを侵略して国家を打ち立てた連中が、よく言うよって感じだよね。
スカンク:だからそういう危険性とは常に隣り合わせだよね。現代でいうモンスター・ペアレントに近いんだけど、国家の中枢でやられても困るよね。
ヒューゴ:それは悲劇だよね。よく国家が崩壊しなかったよね。
スカンク:そこは本当に不思議だよな。絶対おかしいよな。冷戦という背景があったからかな。ソ連もマジで攻撃を仕掛けてきてたからね。
コワダ:多分、そういうことでしょうね。
ヒューゴ:時代がエドガーを求めていた側面も否定できないね。
スカンク:にしても行き過ぎだと思うけどね。もしかしたらソ連との関係をこじらせてた部分もあったんじゃない?
ヒューゴ:なるほどね。
スカンク:あと、功績をあげるとしたら、悪い奴をつかまえようという執着心から科学捜査の分野を切り開いたことか。
コワダ:そういうことになりますね。
ヒューゴ:オバマが大統領になる前の時代に亡くなったっていうのは、ある意味、幸せだったかもね。黒人大統領なんて絶対許さなかったろうね。
スカンク:多分、発狂してたと思うね。全力で潰しにかかったかもしれない。もしかしたらそういう動きは実際にあったのかもしれないし。で、笑うに笑えないのは、FBIという組織がエドガーの母性のダークサイドに起点に出発しているということ。
ヒューゴ:FBIの閉鎖的なところはエドガーの性質を引きずっているのかもね。
スカンク:FBIは多分、いろんな国の機密組織っていうか警察組織の手本になってると思うんだよ。それを考えるとぞっとするね。
ヒューゴ:この映画を観ると、じゃ日本はどうなんだとか、もっと身近な感じでいくと、うちの会社はどうなんだとか、そういうことを考えちゃうよね。
スカンク:考えるね。日本の検察のあり方とかね。フロッピーディスクの改ざんのニュースとか観ていると、日本にもエドガー的資質がはびこっているのかなあって思っちゃうね。それから重要な役職に就く人には、同時にブレーキ役も必要なのかな、と思う。
コワダ:それはいえますね。スカンクが、将来、大物になったら、ぜひそうしてください。
スカンク:そんな予定はないけどね。
ヒューゴ:むふふふふふ。